Anniversary




「佐藤」


7月の2週目に入って、気温は一気に上がった。

夏特有の暑さは気怠るさを引き起こすものの、嫌いではない。

濃い青に広がる空に浮かぶ太陽や、身軽な服装で解放感に包まれるのが気持ちいい。

現在はもう日が落ち、窓の外はすっかり暗くなっている。

聞こえるのは冷房の稼働音と、時計の秒針と。それから。


「好きだ」


話がある、と不破の家に招待されたのは部活終了後だった。

好奇心が2割、残りの8割は正直冷房に釣られてやってきた不破家。

不思議な家の玄関を通り、2階の不破の自室へ案内され、飲み物を有り難く頂戴した直後。

衝撃に良く冷えた麦茶が気管に入った気がして、盛大に咽てしまった。

まぁ、これが全ての始まりだったりするわけで。







告白された。不破に。


学校始まって以来の天才児にして問題児。クラッシャー。

そんな…何だか都市伝説のような肩書きを持つ男、不破大地。

茶色がかった髪から覗く三白眼と変化の乏しいその読めない表情は、大抵まず相手に苦手意識や畏怖の念を抱かせる。

続いて、疑問や意見を述べる様があまりにもストレート過ぎて聞いていて理不尽にすら聞こえてしまう淡々とした口調。

強ち間違っていない所が追加ダメージを与え、大抵の人間を落ち込ませるか逆上させる。

更に運動神経も良く、とにかく何でもすぐ吸収して自分のものにしてしまうという超人。

その肩書きの如く同級生から教師まで、様々な面でそのプライドを粉々にされた者が数多く居るらしい。


サッカー部入部初日から、その上達ぶりは顕著に表れた。

サッカーそのものの存在すら知らないという所から、一度の手本でリフティングを習得。

キーパーとしての観察力や判断力も、初心者とは思えない動きを見せる。

データの記憶力は特に秀でていて、それを分析する力は今の部員の中でもトップレベル。

面白い奴が入ってきた、と興味を引きつけられた。

そして何より、自分がFWに戻れるきっかけをくれた事は、間接的だったが素直に嬉しかった。


勉強以外の雑学にも詳しく、気になったら最後、納得するまで調べ尽くさないと落ち着かないらしい。

だから知らない知識を鵜呑みにすることもしばしばで。

不破にある事ない事吹き込んでは、その後の周りへ与える言動に何度も笑わせてもらった。

あとで散々多数の被害者から怒られたのは言うまでも無いが。

だが当の本人は至って真面目で悪気が無い。

そんな所も面白かった。


でもまさか、こうなるとは一体誰が予想出来ただろう。



「…熱あるやろ」

「ない」

「ほな疲れとる?」

「話を逸らすな」


少し声のトーンが下がる不破に、溜息をつく。

困った。

冗談が言える人間じゃないと知っているだけに、尚更だ。


「とりあえず百歩譲って聞き間違いや冗談やない事は認めたるわ」

「無論だな」

「けど、俺にその気は全く無い。考えたことも無い。おもろい奴だとは思とるけど、それだけや」

「なら、考えろ」

「…う〜…」


どうしたら分かってくれるだろうか。

いや、そもそも理解するつもりがあるのかが最大級の謎なのだ。

男同士だ、なんて世間一般でいう『常識』とやらが通用する筈もない。

そんな事を教えられなくても不破は分かっている。

分かっているから返答が難しい。


「最初は違和感だった」

「んあ?」

「お前は人当たりが良くて要領もいい。それこそ年齢を問わず自然に人の輪に溶け込んでいる。 強い存在感を残す。なのにさっきまで居たと思っていた場所から誰も気付く事無く姿を消す。 お前は自分のテリトリーには誰も入れさせない。時折そんな壁が見える。その、笑顔に」


「そのバランスの悪さが、気になって仕方なかった」

「…んで、俺調べつくして自分の興味が満たされればええって訳か」

「ああ。そのつもりだった」

「ふざけんなや。人をアサガオか何かと思とるんか?観察日記付けたいなら他あたれや」

「だが触れたいと思ってしまった。…こちらを見て欲しいと、思ったんだ」


佐藤、と呼ぶ声が何故こんなに心地良いのだろう。

どう返せばいいのか一瞬迷い、苦笑した。


「なぁ、不破。俺ずっとココに居るつもりは無いし、気が向いたら多分ふらっと居らんようなるで」

「……」

「そしたら多分戻らん」

「…実家は京都だと言っていたな」

「そうや」

ニッ、と笑い背もたれ代わりに使っていたベッドに、改めて身体を預ける。

「俺な、地元じゃちょっとばかし名の知れた名家の、妾の子やねん。おかげさんで世間様の目冷たくてなぁ」

よう大人がいろいろ言うて敵わへんやったわ。

冗談めかしながら、今よりも幼かった頃の事を思い出す。

「2年…ちょい前やな。おかんが別の人と結婚する話と、 娘しか生まれへんおとんが急に俺認知する言うた時期が同じくらいでな」

「……」

「色々面倒やし家出て旅してみよ思て。自由気ままにヒッチハイクの旅! ま、テレビの影響やねんけどな。おもろそうやってん」

「…佐藤」

「家出た経緯はそんな感じや。その間にいろいろ学んだで。ええ事も、もちろん悪い事もな」

右手の人差指と中指を口元に当て、喫煙中のその仕草を真似て笑ってみせる。

すると不破の表情が不愉快そうに歪められた。


「怖い顔すんなやー、今はもう吸ってへんわ」

「…悪いが俺には同情する気は全くない」


一瞬、思考が、止まった。

(そう来たか)


「…誰も同情なんか頼んでへんよ」


頭に、少し血が上るのが分かった。

今までいろんな人間にいろんな反応をされた。

自分の持つこの感情は、間違いなくその周りの人間達によって固められたものだ。

慈悲深い、情けを持った言葉が育てたものだ。

『両親に捨てられた、カワイソウな子』

何も知らないくせに。

(さぁて)

聞き流すかと思っていたこの男は、そんな自分にどんな言葉をくれようとしているのだろう。

不意に外れてしまった笑顔を、もう一度貼り付けた。

同情を期待している様に見られたのだろうか。

心外だ。


「だが」

「何やねん」

「腹が立つ」

「何にや」


嫌に落ち着いて聞こえるその話し方にさえ挑発されている様な気分がして、更に苛立ちを募らせる。

まるで言葉遊びのように進まないそれが、頭の冷静さを失わせていく。

でも。

そこまで言ってふと気付く。

不破の口調は変わらない。話す速度もいつもと同じだ。

ただ身体から絞り出すように低い声が。

見たことのないほど寄せられた眉間が。

間違いない。

真剣に、不破は怒っている。


「原因は全て大人の都合だ。巻き込まれたお前が何故傷を負わされる」

「なんで傷て決めつけるん」

「ほんの少しでも不快に思ったのなら同じ事だ。一度も無いとは言わせない」

「…深刻に考えすぎなだけやろ」


父親にとっては自分に流れるこの血しか価値のない自分だから。

母親の新しい未来に、自分はきっと不必要だから。

二度と戻らない。

そう思って自らの意思で家を出た。

それなりに楽しめる、自分だけの静かな場所を探して。

誰にも強制される事のない、自由、が欲しかった。

それだけだ。


「…何故笑う」

「せやからー、そないに深刻やないん…」

「何故、そんな顔で笑っているんだ」

「っ」


言葉を遮って改めて投げかけられたそれに、再び顔が強張る。

(どうして)

自分が、保てない。

まるで他の誰かの身体に意識だけ入りこんでしまったような。

いくらでも人をかわす事の出来る口が、言葉を紡がない。

いつでも冷静に見ていた世界が、姿を変えている。

全てが、不破の、言葉一つで。



「お前が心安らぐ場所を探しているのなら、俺がなる」

「……」

「お前が自分を粗末にするなら、俺が貰う。例え『悪い事』等で防壁を張ったつもりになっていようと関係ない」


なんて綺麗な目をしているんだろう。


「いろいろ言いたい事もあるだろうが、俺で、我慢しろ」


なんて真っ直ぐな心を持っているんだろう。


「俺はお前を必要としている。傍に居て欲しい」


だから二度と、価値が無いなんて言わせない。


「…っ」




ここまで誰かが自分の内側に入った事はない。

笑顔と話術で、その気になれば誰とでもいい距離を保てる自信もあった。

今までずっとそうしてきたのだ。

なのに。

気が付いたら見覚えの無いスペースが出来ていた。

不破がいた。

ごく自然に、当たり前のように、陣取っていた。

一番驚いたのは、それに嫌悪感を抱かなかった、まぎれも無い、自分自身。


「言った筈だ」


逸らされることのないその意志の強い瞳が訴えてくる。

まるで、言い聞かせるように。

宥めるように。


「俺はお前が好きだ、と」


頬に触れた不破の手が、確かな温もりを与えてくれる。


「…そういうの、反則や」


その瞳から。その手から。

何かが込み上げるような、表現しづらい現象が身体の奥から湧き上がって来る。

その慣れない感覚に、上手く自分の身体を制御できない。

ただ、顔を見られるのが今は凄く躊躇われて、逃げるように不破の肩口に額を預けた。

今現在、他に隠せる所は見当たらないし、そもそも原因はこの男だ。

あんな、…あんな言葉を、くれるから。

いつもはストレート過ぎる言葉で周りを逆上させる天才のくせに。

良く分からないムズカシイ単語をつらつらと並べて混乱の渦に引き込むくせに。

自分でさえも普段は忘れてしまうくらい奥底で蓋をしているもの。

黒くて絡まっているそれを暴いて、そして解いてしまった。

包み込むようにそっと抱きしめられる腕の感触から伝わる、まっすぐな想い。



いいのだろうか。

この場所を、差し出されたこの腕を、全部貰っても。

変わるのだろうか。

褪めた色にしか映らなかったこの世界が。



「好きだ」

「…ん」


耳のすぐ傍から聞こえてくる声。


「好きだ」

「…うん」


普段より少し低めの、小さな声。


何度も繰り返し繰り返し紡がれる、まるで呪文ような言葉。

鼓膜から身体全体に伝わり、無意識に張りつめていた思考が余計な力と共に抜けていく。

気持ちが落ち着いてくると、ふいに先程までの自分が頭を過った。

まぎれもなくあれは、自分の本音。

でもさすがに醜態を晒したまま気まずいのは嫌で。

まるで誤魔化すように腕の中で悪戯を考えた。

弱っている所を見られるのは、やっぱりまだ性に合わない。落ち着かない。

でも先程とは違う何か。

きっと、これは、ただの照れ隠し。


「佐藤?」

「…ほな、早速甘えたろかな。せやけどお前、絶対怒るか困るか拗ねるかするけど…ええ?」

「言ってみろ」

「俺な、今日、誕生日」

「……先に言え」


思いっきり不機嫌な声になった不破が、抱きしめる腕に力を込める。

予想通りの反応が、分かっていても可笑しくなる。

そのくすぐったくなる程の優しさと、泣きたくなる程の愛しさが、本当に嬉しくて。

自らの腕を、不破の背にまわした。


「何も用意してないぞ」

「え〜っ」


笑いながら腕の中から少しだけ身体を起こし、上目遣いに見つめる。


「何や、ちゅーもしてくれへんの?」


不破の瞳に、冗談めかしながら楽しそうに笑う自分の姿が映っている。

何処からどう見ても不貞腐れてる不破の目が、その瞬間、確かに光った。

(あ…あれ?)

ちょっと、これは。

何て言うか…。

いや〜な予感がする。

うん、間違いない。

本能がそう告げてる。


「ふ、不破センセ…?」

「…誘ったのはお前だ」

「へっ?わ、ちょっ…不っ…んんっ」


少しだけ性急に唇を塞がれながら押し倒された成樹は、煽り過ぎたらしい自分の言動を後悔した。


「〜〜っ」


そして何よりも解せないのは。

本気で抵抗してやろうかと思っても、何故かそう出来ない自分。

(あかん、ほんまに絆されとる…)

自分が負けている気がするのは、やっぱりちょっと癪で。

せめてもの報復にと、自分を組み敷くその身体を、強く抱きしめ返してやったのだった。





















*****2010/07/08
はぴば成樹!27歳…早いねぇ(遠い目)でもシゲ15歳不破13歳なお話でした。
珍しくシリアス系というかツンデレ(違)成樹を目指して、やっぱり玉砕!笑。
不破が家に連れ込んで煽って懐柔して迫っていろいろ頂いちゃいましたな話。
正式にくっついてみたら実は成樹の誕生日でした。
なんだこの「プレゼントはわ・た・し ver不破」状態。ちょ、私にも下さ…

とりあえず、成樹にとって忘れらないだろう記念日、という事で☆
お粗末さまでした!(逃!